せっかく授かった我が子にイライラ。不妊治療と高齢出産で不安が絶えなかった私が前向きになれたきっかけとは?

不妊治療や高齢出産は様々な現実を突きつけられ不安との戦いですよね。楽しい育児が始まると思っていたのに、現実は我が子にイライラする毎日。何年も不安地獄から抜け出せなかった私が前向きになれたのはお母さんの小学校でした!

不妊治療から出産まで常につきまとう不安

私は37歳から不妊治療を始めました。

なかなか授からない赤ちゃんに会いたい、私も育児をしてみたい、単純にその気持ちからでした。

しかし、実際の不妊治療は精神的にも金銭的にも、とても負担のかかること。

毎回、治療後は「これで授かるかな?」と期待し結果はダメ。

経験された方でしたらおわかりいただけると思いますが、ダメだった結果を1人で聞いた病院の帰り道は本当につらかったです。

私は仕事をしながら治療をしていたのですが、最終的には治療を優先するため仕事もやめました。

期待しては授からない現実を繰り返し、それを夫に報告するのも自分。通院するのも自分。

ベビーカーを押すママの姿に目をそむけ、そんな自分に嫌気がさし、本当にギリギリの精神状態で4年間、治療を進めていました。

そして、もうこれで最後にしようと決めた最後の治療で息子を授かりました。

そのとき私は41歳。出産予定日は42歳になっていました。

すぐに次の不安の波が押し寄せてきました。

それは、高齢出産に突きつけられる出生前診断です。

不妊治療専門病院から、出産するための病院に転院して、最初に聞かれた質問が検査を受けるかどうかの質問でした。

高齢出産ですので、その質問をされる覚悟はありましたが、お腹の赤ちゃんに障害があるかもしれない確率を結果だけだされても、それに対する正しい答えなどなく、誰しも迷うとことだと思います。

私は色々考えた結果、検査は受けないことに決めましたが、妊娠3ヶ月の段階で楽しいマタニティライフではなく、本当に検査を受けなくて良かったのか、無事に元気な赤ちゃんを出産できるのか、出産するまで常に不安が付きまとうようになりました。

そのときの私は、不妊治療からの不安定な精神状態が続いていましたので、不安な考え癖から抜け出せずにいたのです。

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育てにくさを感じた息子と高齢出産の現実

出産してからは、高齢出産ならではの体力が問題になりました。

やはり40代になると体の回復力も、持ち合わせている体力も低下しています。

手首の腱鞘炎、不眠、軽度の産後うつを発症し、忙しい夫とはすれ違いの生活が続きました。

息子は生後1ヶ月から夕方になると何時間もなく黄昏泣きや、1歳近くになると激しい後追い噛みつきぐせ声が大きく激しく泣く、2歳~3歳になると多動癇癪困りごとが次々とありました。

私は、やっと授かった我が子に育てにくさを感じながらも、

・ママは自分の時間がないのはしょうがない
・ママは寝れなくてもしょうがない
・男の子だしやんちゃなのはしょうがない
・私がトイレにも1人で行けなくてもしょうがない
・嚙まれても怒っちゃいけない
・何時間も泣かれても怒っちゃけない
・ワンオペだってしょうがない
・疲れてたってしょうがない

だってせっかく授かった子どもなんだもの。
しっかり育てなければ。

そう自分に言い聞かせて、右も左も分からない育児にきっとこれが普通なんだと、朝から晩まで向き合っていました。

けれど、私も本当は疲れ切っていました。

だからそう思いながらも、実際は息子が激しく泣くと、心の底から何とも言えないイライラが沸き上がり、さらに癇癪を起こされると、「もう泣かないでよ!!私だってつらいんだから!!誰かたすけて」と息子と一緒に号泣していました。

年齢も45歳になり、この激しいイライラはもしかしたらプレ更年期かもしれないと思い婦人科を受診しました。

漢方を処方され、少し不眠が解消体力的にも楽に感じることが増えイライラも少し減ってはきたので、お守りのように漢方を欠かさず飲んでいました。

しかし、私のすぐに不安に感じてしまう癖と、イライラは瞬間的にやってきて息子へと向かってしまいます。

脳や発達を学んだ今だからわかりますが、私の脳は何年も不安に感じる出来事を過ごしてきたことで、不安に関係する脳エリアが活発になっていました。

また、不安からくる怒りばかり経験したことで、イライラしやすい脳になってしまっていたんです。

そして、息子が幼稚園に入園し、帰宅後の激しい癇癪と暴力に、私は限界を感じお母さんの小学校で学びを始めることにしたのです。

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お守りだった漢方をやめられた!お母さんの小学校の魅力

講座を受け、息子は1ヶ月で激しい癇癪と暴力がなくなりすぐに変化がみられました。

最後の講座を受けるときは、本当に笑顔や会話が増えた親子関係になってきました。

そして、私は一度卒業することにしました。

しかし子どもの困りごとは、全て解決するわけではありません。

私は、息子のどもりが発生し対応に手詰まり感を感じていたところに、「お母さんの小学校」の話を知り、参加することにしました。

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私は講義を聞いて毎回ワクワクし、

・息子にどうやって試してみよう?
・これは、息子には絶対合う方法だ!
・これで、息子の得意を伸ばしてあげられるかな?
・まだ息子にはここまで期待しなくていいんだ!

など、自分が心の底から納得できる育児が見つかるようになりました。

また、久しぶりに自分が継続的に学ぶという時間を作ったことで自分のために何かしている嬉しさもあり心が満たされていく感じがありました。

そして、一緒に学んでいる仲間をZOOMを通して知ることができ、そこから得られる沢山のことが、今度は自分に還元できます。

私は出産して初めて子ども軸ではなく自分軸でスケジュールを考え、行動しました。

私にはとても勇気のいることでしたが、考えるだけではなく実際行動することで自分の思考が変わっていくのがわかりました。

自分軸で物事を考えるようになり、子どもや家族がやりたいことではなく、私がやりたいことをやっていくうちに、あれだけお守りのように1日も欠かさず飲んでいた漢方を、忘れて飲んでいない日がでてきたのです。

そして、とうとう今は漢方を飲まずに育児ができるようになりました。

私は今、私の経験したお話を、私と同じように不安でつらいと感じているママのお役に立てればと思い、発信をしています。

ななほし広場は、私が自分を見失ってどうにもならなくなったときに出会い、私を救ってくれたサイトです。

そこに今は私が記事を書いている。

そんなことは、約1年前の私には想像もしていなかったことです。

お母さんの小学校は子どもの発達の知識だけではなく、ママの人生の指針となるものも見つかる素敵な場所です。

少しでも学んでみたい!と感じられたら、お子さんのお悩みや自分の想いを個別相談でお話しされてみてください。

あなたと同じように、育児に苦しんでもがいていたトレーナーが相談にのります。

ぜひ一歩を踏み出してみてください。

執筆者:宮代さちこ

 

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